勝手にお名前診断 (第279回)
この「勝手にお名前診断」では、有名人をお一人ずつ紹介すると共に「名前の法則」的見地から、芸能界のどのジャンルに向いているかなどの適性を診断していこうと思います。
第279回目の今日は河島英五さんです。
このお名前は本名です。
ローマ字で書くとKAWASHIMA EIGOとなります。
苗字の最後の文字「ま」と、下の名前の最初の文字「え」、
フルネームの最初の文字「か」と、最後の文字「ご」の母音が違います。
この様なお名前を同じ母音のペアが出来ない事から“ノーペアネーム”と呼びます。
“ノーペアネーム”は芸能活動が不安定になりがちです。
高校生の頃にフォークソングブームの影響を受けた河島英五さんは、高校卒業後にホモ・サピエンスというグループを結成し、1973年に自主レーベルながらレコードデビューを果たしました。
ジャンル的にはあまりメッセージ性のない曲を唄う“支離滅裂フォーク”と呼ばれていたそうで、あのねのねらと共に活動していた事からもその方向性が伺い知れます。
75年に河島英五とホモ・サピエンスとしてメジャーデビューするものの、大きな成果を上げられないまま解散し、河島英五さんはソロ歌手として活動を始めます。
その第1弾に選ばれたのは河島英五とホモ・サピエンスのデビューアルバム「人類」に収録されていた「酒と泪と男と女」でした。
この歌は河島英五さんが18歳の時、法事で100人以上集まった親戚が飲み食いする様子を見て作詞したもので、自身は未成年だった為に想像で「酒を呑むのでしょう」「静かに眠るのでしょう」となっていたのです。
当時萩原健一(はぎわらけんいち)さんもカヴァーしていましたが、清酒「黄桜」のCMソングに使われた事でロング・ヒットとなり、後々河島英五さんの代表曲となっていきました。
母音ではなく文字で見ると河島英五(かわしまえいご)と、「か」の字が入る“お・か・きネーム”でもあります。
グループが解散しても1人で活動を続けたところは自分に対する厳しさの表れでしょう。ただ前回の「お名前診断」で紹介した尾崎紀世彦(おざききよひこ) さんと違い、同じ文字が2つ入る“ワンモアネーム”ではありません。
だからグループ時代は大きな成果が得られなかったという事でしょうね。
その後、山本寛之(やまもとひろゆき)さんの曲をカヴァーした「野風増〜お前が20才になったら」や、阿久 悠(あく ゆう)さん作詞・森田公一(もりたこういち)さん作曲による「時代おくれ」などがヒットしましたが、自作の曲ではなかったのでおそらく歌唱印税しか入らず、シンガーソングライターとしてはやや不本意だったでしょう。
でも生前の河島英五さんがテレビの歌番組に出ていたのをご記憶の方は少ないのではないでしょうか。私に言わせればノーペアネームの為目立ちたがりではなかったという事になるのですが、「時代おくれ」の歌詞にもある「目立たぬように、はしゃがぬように」は河島英五さんの心情を見事に表していたのかも知れません。
河島英五さんは2001年、長女・河島あみるさんの結婚式に参列した後、肝臓疾患により48歳の若さで亡くなられています。
それでも河島英五さんの曲は昭和世代のカラオケソングの定番として、これからも末長く愛されていくでしょう。
この様に有名人のお名前を母音や文字に注目して分析すると、名前のタイプによって芸能界のどのジャンルに向いているかが見えてくるのです。
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これからもいろんな有名人の方を、名前の特性とともにご紹介していくつもりです。
ではまた次回をお楽しみに。