矢名樹ヒロタカの「お名前だけお借りします。」

有名人のお名前を「名前の法則」に基づき紹介、分析していきます。

テレサ・テンさん(2回目)【お名前診断】[母音占い]

勝手にお名前診断 (第185回)※2020年7月30日の記事を改訂

 

この「勝手にお名前診断」では、有名人をお一人ずつ紹介すると共に「名前の法則」的見地から、芸能界のどのジャンルに向いているかなどの適性を診断していこうと思います。

 

第185回目の今日はテレサ・テンさんです。

このお名前は芸名です。

 

ローマ字で書くとTERESA TENとなり(英字綴りではTERESA TENG)、最初と最後の文字の母音が同じ「エ」である事がよくわかります。

(最後が「ン」で終わる名前の場合、一つ前の文字で判断します。)

この様なお名前を「名前の法則」の世界では、最初の母音に戻るという意味で“リターンネーム”と呼びます。

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テレサ”は彼女が尊敬するマザー・テレサにちなんで自ら名付けたという説もありますが、カトリック信徒だった故の洗礼名という説もあります。

本名は鄧 麗筠(デン・リーユン)といいますが、筠という字が“ジュン”と間違えて発音される事が多かった為、中華圏では鄧 麗君(デン・リージュン)という芸名を使っていました。

ここでは日本での芸名テレサ・テンとして診断していきます。

 

“リターンネーム”の芸能界での特徴は、女性の場合まず歌手業に強いという事です。

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この記事でも紹介している様に「ヒット曲に恵まれる」運が強く、ほぼ歌手業だけで成功するという傾向があります。

 

10歳の時、台湾の歌唱コンテストで優勝すると天才少女として注目を集め、14歳の時にプロ歌手としてデビューします。16歳で主演映画が製作されて女優デビューも果たすとタイやシンガポール、マレーシアなどでも人気に火がつき、18歳の時には香港でも歌手デビューするなど、アジアのトップスターとなっていたのです。

その人気に目を付けた日本のレコード会社が契約に漕ぎつけ、1974年に日本でも歌手活動を始めました。1曲目こそ不発に終わりましたが2曲目の「空港」がヒットして「日本レコード大賞」の新人賞を受賞するなど、日本でもスターの仲間入りを果たします。

しかし79年に、台湾ではなくインドネシアのパスポートで来日しようとした事が旅券法違反とされ(当時日中国交正常化の影響で日本は中華民国と国交断絶していた為、台湾のパスポートでは入国手続きが困難だった)、国外退去処分を受けた為に日本での活動が出来なくなってしまいます。

 

◉日本へのリターン

 

処分から1年後、台湾・香港で活動を再開したテレサ・テンさんは中国本土でも人気を集め、コピーしたカセットテープ(海賊版)が出回る程でした。

そして83年、日本のファンの強い要望もあって再来日が許可され「ふたたびの」小林幸子さんのカヴァー)を挨拶がわりに日本再デビューを果たします。

84年には「つぐない」が有線放送で圧倒的な支持を受けて「日本有線放送大賞」を受賞、続く「愛人」時の流れに身をまかせもヒットして、3年連続で受賞するという快挙を成し遂げました。「つぐない」「愛人」は150万枚、「時の流れに身をまかせ」は200万枚を越える大ヒットで、いずれもテレサ・テンさんを語るにおいて欠かせない代表曲となりました。

母音ではなく文字で見るとレサ・ンと、「テ」の字が2つ入る“ワンモアネーム”でもあります。

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日本でも活動もワンモアと言わんばかりに、文字通り2度目のチャンスをものにしたのです。まぁあくまで日本人から見た観点ですけどね。

(斜体文字が加筆した部分です)

その後も「別れの予感」などのヒットで日本での人気を不動のものにしましたが、86年に中国で彼女の歌が事実上解禁となった事もあり、再び香港に移住します。

 

◉平和への願いと謎の死

 

彼女には両親の生まれた中国本土でコンサートを開くという夢がありました。

89年には香港で行われた中国の民主化支援コンサートに参加して、唄う事で平和への願いを届けましたが、その活動むなしく中国で天安門事件が起きてしまいます。

90年に予定されていた中国本土でのコンサートは中止となり、中国共産党政府に失望した彼女は、イギリスから中国に返還される事が決定していた香港を離れ、フランスのパリへと移住しました。

それ以降は日本を訪れる事も稀になり、持病の喘息も悪化していったのです。

そんな各地を転々とする活動をしていた為か、アジアの各国では死亡説が流れていました。

母国台湾へ他国の軍事事情を知らせる為のスパイとして働いていたとされる暗殺説から、エイズによる病死説など様々な憶測が飛び交いましたが、どれも真実とは異なるものでした。

本当のところは、空気の良い場所で静養する為に訪れていたタイのホテルでの、気管支喘息の発作によるものでした。

 

42歳の若さでこの世を去ったテレサ・テンさんの死はアジア中に衝撃を与え、多くのファンが悲しみに暮れました。台北市では国葬並みの葬儀が行われ、各国から3万人以上の参列者が詰めかけたそうです。

墓は小さな公園の様に整備され、本名の一部を取って“筠園”と呼ばれています。墓前には銅像があり、彼女の歌が常に流されているそうです。

また、遺体は火葬されておらずエンバーミングを施されて土葬されました。没後50年は生前の姿であり続けるといいます。

偉大な“アジアの歌姫”テレサ・テンは今も平和を願って唄い続けているのです。

 

この様に芸能人のお名前を画数ではなく母音や文字に注目して分析すると、名前のタイプによって芸能界のどのジャンルに向いているかが見えてくるのです。

もっと詳しく知りたいと思った方はこちらをご覧下さい。

これからもいろんな芸能人の方を、名前の特性とともにご紹介していくつもりです。

 

ではまた次回をお楽しみに。